9月某日に中年おひとり様合宿をしようと思いまして。

群馬の草津温泉に「重監房資料館」という
ハンセン病患者の強制収容所跡地と資料館があるということで。

その重監房資料館に見学をしてきました。

重監房 跡地
(上記は重監房があった場所。現在は建物の基礎部分だけが残ってる状態で、碑がある。)

参照:重監房資料館 公式サイト

所在地:群馬県吾妻郡草津町草津白根464-1533 (入館無料)


重監房資料館は国が運営する公共施設とのこと。

何度も訪れている草津温泉で、
こういう貴重な施設があるのを初めて知って見学に行った次第です。

重監房とは?

重監房資料館(じゅうかんぼうしりょうかん)は、群馬県の草津温泉の外れにあります。

そこには「栗生楽泉園」(くりうらくせんえん)というハンセン病患者及び後遺症の方の療養所があり、
現在もハンセン病(らい病)の後遺症を持つ方が居住されているとのこと。

ハンセン病療養所(らい療養所)は
「レプロサリウム(Leprosarium)」「サナトリウム(sanatorium)」とも呼ばれたそう。

ハンセン病(らい病)自体は、現在は治療薬ができて完治する病気になってます。

日本での発症は現在は稀で、
「栗生楽泉園」などの療養所では後遺症を持たれる方が居住されていて、
現在の居住者の方はかなり高齢の方が殆どとなっているそうです。
(平均年齢80overとのこと)

ハンセン病療養所(らい療養所)は草津の栗生楽泉園以外でも日本に複数あります。

ハンセン病患者の中で、
一部問題があったとされる患者を監禁していたのが栗生楽泉園にあった「重監房」「特別病室」です。

「特別病室(重監房)」では治療行為などは殆ど行われず、
電気もなく冬には雪が積もる極寒の中、
粗末な食事が少量与えられるだけの監禁生活を強制された場所で、
多くの収容者が亡くなった場所とのことです。

以下は特別病室(重監房)跡地です。
jukanbouatochi 特別病室(重監房)跡地
現在は建物自体は取り壊されており、基礎部分だけが残っている状態。
栗生楽泉園の正門から少し入ったところにありました。

見学への道

というわけで、時系列的に書いていきます。

高速バスで草津に着いた後、重監房資料館を目指しました。

湯畑あたりから歩くと、相当遠いのは事前情報で確認済み。
僕は草津バスターミナルあたりから歩きました。
早歩きで大体30分強くらいでしょうか。

延々と田舎山道を歩きました。
(徒歩で向かうのは、おすすめしません。タクシーか車がいいです。かなり寂しい山道です。)

途中、コンウォール・リー女史の墓地が。

こんな感じで。

草津のこのあたりは、墓地が多い印象です。

厳粛な雰囲気です。

山の中です。

更に山道を歩いていくと、栗生楽泉園の敷地が見えてきました。
栗生楽泉園
まだまだ歩きます。
すでにかなり歩いた印象。坂なんですよね。

「東京工業大学 草津白根火山観測所」のレンガの門が見えたら、だいぶ近いです。以下の感じで。
栗生楽泉園

「国立療養所 栗生楽泉園」の看板が見えます。
栗生楽泉園 重監房
ちなみに重監房跡地は、この国立療養所 栗生楽泉園正門入ってすぐ右側にあります。

kuri 栗
けっこうたくさん栗の実が落ちてるんですよね。
だから栗生なんだろうな、と。

重監房資料館の方向にズンズン歩きます。
人は全くすれ違わないですが、車は追い抜いていきました。

栗生楽泉園の住居(療養施設)が見えます。

kusatsuchurch 草津カトリック教会
草津カトリック教会の建物が。
人はいないみたいで、イベントがある時に使われる感じでしょうか。


栗生楽泉園の敷地は、牧歌的な音楽が流れています。

「見学者はこの先侵入禁止」と立て看板あり。現在も居住者がおられるので。

ハンセン病・らい病のこれまでの社会的な歴史背景を感じさせます。

以下、施設内の案内看板です。(画像クリックで拡大)
annaizu 重監房資料館 案内図
栗生楽泉園はかなり大きい敷地ですね。

重監房資料館を見学

と、いうわけで重監房資料館に到着。

施設の方に見学にきた中年おひとり様という旨を伝えますと、
(中年おひとり様にもかかわらず)親切にご対応いただきました。

僕ひとりなのに、わざわざ資料映像の放映手配を2度。
(25分程度のハンセン病の歴史映像と、8分程度の重監房の映像を2つ)

映像を視聴後に、重監房資料館を自分で見学していく流れとなります。
(重監房資料館は無料で見学できます。)

また、たくさんの資料・冊子をいただきました。

以下、重監房の復元模型図。
mokeihiki 重監房 模型図

重監房復元模型図のアップ。
juukanboumokei mokeihiki 重監房 模型図 

重監房の一部を実物大に復元した展示があります。
以下、入口部分です。
juukanbousaigen 重監房 復元
灰色の壁が、なんとも重苦しいです。熊ちゃんもいますね。

kumatorisu 熊 リス
熊ちゃんだけでなく、りすもいました。
草津はずいぶん山の上なんで、当時は熊もりすもいたことでしょう。

で、灰色の入り口を入っていきます。

入ってすぐに、左側に収監者の食事の再現があります。
syokuji 食事の再現
底が浅い木の弁当箱に麦飯、梅干しひとつ、具なしの味噌汁、です。
かなり少量で、1日2度の食事だったようです。

重監房にあった医務室の再現が最初に。
imushitsu 医務室
医務室は形式上あっただけで、医療行為は殆ど行われなかったそうですが。

そこから更に収監の部屋は厚い扉をごしに進みます。
juukanbousaigen 重監房 入口
収監された部屋への入り口は、背が低く姿勢をかがめて入ります。
8つあった収監部屋への入り口も、背が低く狭い入口でした。

ちなみに収監部屋の廊下は、天井がなく外です。

以下が食事を渡した小窓とのこと。小さい窓です。
syokujiguchi 食事窓
ここから収監者が手を出して暴れてたりしたこともあるそうです。
ここが空いてるので、冬はマイナス20度とかなる外気とほぼ直接あたるんで、極寒。
(草津はけっこう山の上なので、冬場はマヂ寒いです。雪も凄いらしいですし。)

以下、重監房の部屋です。人物マネキンあってビビります。
syuukansya 重監房 部屋
部屋は電気もなく、昼間でも暗い状況。食事を手渡す小窓があるのでそこから光が入ってくる程度。
小窓が外とつながっているので、冬は極寒。(-20度の草津の山の上)
凍死者が続出したそうです。そりゃそうだ…

冬には部屋の前に大雪が積もり、極寒。
部屋は薄い布団のみで、暖房器具も当然無し。地獄です。
juukanbouheya 重監房 部屋
4畳半くらいの部屋で、便所用の穴が向かって左側にありました。

以下、部屋の外側に通じている便所(トイレ)用の穴。
benjosoto 重監房 便所
収監者の逃亡対策で、穴は浅くされていたそうです。

重監房の部屋は8つあったそう。
ただ、1つの部屋に一人でなく、複数が一緒に収監されていたようです。

便所も刑務所状態なので他の同部屋収監者から丸見えでした。
収監者の中には女性もおられて、色々大変な状況を想像してしまうところです。

栗生楽泉園の住人の方が収監者のお世話をされていたよう。

多くの犠牲者がでた重監房だったそうです。

資料館の方にお礼を伝えて退所しました。

重監房跡地

重監房跡地は栗生楽泉園の正門を入ったすぐのところにあります。

わかりやすく立て看板があり、音楽が流れています。
atochi 重監房 跡地

現在は建物の基礎部分のみが残っていて、柵が作られて立ち入り禁止となっています。
(立ち入り禁止なのは発掘調査の関係だと思います。)
juukanbouima atochi 重監房 跡地
この狭い敷地の中に、監獄があり何人もの人が長きに渡って苦しんだ場所です。
まわりの静かな山林の雰囲気と相まって、かなり重い空気でした。

重監房資料館を見学した感想

相当に貴重な場所だと思いました。
草津にこの場所があることは最近まで知らなかったです。

重監房資料館のみならず、施設全体にすごい空気感を感じたのは確か。

ハンセン病(らい病)の歴史は日本における差別の歴史でもあるし、
今後への教訓として知っておくべき事柄だと思います。

こういうのは頭でわかってても、ふとしたことで忘れる感覚だと思う。
知識ないと、やはり異形の何かには抵抗感を感じるのは自然だと思うし。

だからこそ考え続けるしかないし、認識を忘れずに考え続けると。

ハンセン病療養所資料
重監房資料館でたくさんの資料をいただきました。

ハンセン病は現在は(治療薬ができて)治る病気になったわけですが、
今後ちがう新しい難病が出てくる未来があるわけです。

そういった時の対応を考えておく為にも、重要な施設だと思います。

新型コロナ禍の今だからこそ

新型コロナウイルス感染症のパンデミックが世界的に起こってる今です。

新型コロナはワクチンは出てきてますが、特効薬となる治療薬がなく未知数の部分が多い状況。

人類の未曽有の大災害になったパンデミックですが、
ハンセン病(らい病)もかつてはこういう感じだったのかと思います。

考えていくしかないですね。

そんな感じです。